給与表よりも、福利厚生一覧よりも、あなたが本当に知りたいのは「実際そこで働いている人がどう感じているか」。東亜工機で働く5名のリアルを、率直にお話しします。
横田製造部 鋳造課 / 入社7年目 / 男性 / 出身:鹿島実業高校 工業科
「地元・鹿島で世界一の鋳物に関われると知って入社しました。20代で世界中の造船所に納める部品を担当しています。」
鹿島実業高校の進路指導で「地元に世界トップシェアの鋳物メーカーがある」と教わり、工場見学で実物を見てその場で決断。「親会社の都合で工場が閉じる心配がない、独立系80年の会社」という安心感も決め手。
1〜3年目は遠心鋳造機のオペレーター。4年目から特殊鋳鉄「ターカロイ」の溶湯管理を担当。6年目で大型シリンダライナの量産プロセス改善プロジェクトに参画、歩留まり改善で社内表彰を受ける。
「世界トップクラスの製品の、上流から下流まで全部見られる」こと。技能習得道場「錬磨」で鋳造から仕上げまで体系的に学べる。一貫生産の現場だからこそ、どこの工程に異常が出ても対応できる総合力が身につく。
総務部 庶務課 兼 経理課 / 入社10年目 / 女性 / 出身:佐賀大学 理工学部
「佐賀大学を出て関東のメーカーと迷いましたが、地元で世界に挑戦できるのは東亜工機だけでした。」
佐賀大学で物理科学を専攻、卒業後は関東のメーカーと迷ったが、「地元で世界相手のものづくりに関われる」「親会社の意向に左右されない独立系の安心感」「創業80年の重み」が決め手で入社。
1〜4年目は経理課で月次決算・原価計算を担当。5年目に第1子出産、育休10ヶ月。6年目復帰後すぐ時短勤務しながら総務業務にも担当範囲を広げ、現在は採用業務もリード。8年目で第2子育休、10年目の今、両立しながらキャリア継続中。
「時短だから昇進できない」というルールがないこと。両立支援が制度として整っているだけでなく、現場の人たちが心からサポートしてくれる。男性が圧倒的に多い業界だからこそ、女性社員が活躍できる職場は貴重。
大村方製造部 工作課 リーダー / 入社20年目 / 男性 / 出身:塩田工業高校 機械科
「高卒で入社して20年。学歴ではなく、技能と現場で評価してくれる会社です。」
塩田工業高校の進路指導で東亜工機を勧められ、工場見学で「マシニングセンタ・NC旋盤の最新設備」を見て即決。両親も「地元の老舗鋳物メーカーなら安心」と背中を押してくれた。
1〜5年目はNC旋盤オペレーター、6〜10年目に主任、新人指導も。10年目から複合加工機・マシニングセンタまで担当範囲拡大。技能検定1級取得後、12年目でリーダー昇格。後輩には大卒・大学院卒も増えてきたが、現場判断は私のような高卒叩き上げが任されている。
「学歴に関係なく、技能で評価してくれる」こと。大型シリンダライナの最終仕上げは0.01mm精度。これを毎日支えているのは、地元工業高校から鍛え上げられた職人たち。誇りを持って働ける環境です。
品質環境安全部 検査課 / 中途入社6年目 / 男性 / 前職:北九州 産業機械メーカー
「北九州から鹿島へUターン。家族との時間と、誇れる仕事、両方が手に入りました。」
北九州の産業機械メーカーで品質保証の経験8年。第1子誕生を機にパートナーの地元・佐賀県鹿島市へUターン検討。「同等の専門性を活かせる職場」を探していたところ、東亜工機を発見。
1〜2年目は大型シリンダライナの量産品質保証担当。3年目に欧州造船メーカーの監査対応も担当、英語と日本語を切り替えながら対応。5年目でISO 45001 認証取得プロジェクトに参画、6年目の今、検査課の量産品質改善のリーダーとして活躍。
「Uターン社員へのサポート」が手厚いこと。引越補助・社宅提供だけでなく、家族帯同での面談時間調整など、現場の人たちが配慮してくれる。北九州時代より残業も減り、家族との時間が確保できている。
東京営業所 / 中途入社15年目 / 男性 / 現職:東京営業所 所長 / 前職:商社
「中途で入った自分が、世界13カ国の造船メーカーと商談している。それが東亜工機の懐の深さです。」
32歳で商社から転職。「自社で作っているものを売りたい」と探す中、東亜工機の「設計から鋳造・加工・仕上げまで全部見られる」一貫生産が刺さった。即戦力評価で東京営業所配属、年収UPの提示があり決断。
1〜3年目は東京営業所で国内造船メーカー(三井E&S・日立造船・川崎重工)の既存深耕を担当。4年目から海外案件にも参画、デンマーク・スイス・中国・韓国・米国の顧客対応。10年目から東京営業所の取りまとめ、15年目の今、所長として若手2名の指導も。
「中途と新卒の壁がない」こと。年齢・出身を問わず、商売と人柄で評価される。「無名だけど世界トップシェア」という製品の魅力で勝負できるのも、営業として面白い。世界中の造船所と商談する機会は、商社時代でもなかった経験。